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「ターミナルケア」を簡単に語るべきではない

僕は、介護の現場において、何度か入居の利用者さんの「最後」に立ち合わせていただきました。今思うと、自分のしてきた対応について、恥ずかしいこともいっぱいあります。自分では、家族の気持ちに向き合っているつもりでいても、どこか自己満足の向き合い方をしていたんじゃないか?ってそんなことを思います。はじめて、利用者さんがご逝去されたとき、それは病院でしたが、すぐに駆けつけてお別れをして、帰りに車の中でおもいっきり泣きました。すごい認知症で、息子さんのお嫁さんがが、その利用者さんから虐待されてて、もう限界だということで入居されました。そのとき、お嫁さんは、認知症だってわかってなかったようですが。入居してすぐは、現場のスタッフは本当に苦労していたので(当時僕は施設長でした)、日中は、事務所で過ごしてもらいました。はじめは怒ってばかりで、「家に帰る」ってずっと言っていたけど、事務所の整理整頓をお願いしたり、僕が当時敷地に畑をつくろうと思って地面を掘ったりするとき一緒に見ててもらったり、散歩とかしてたら、だんだん「家に帰る」という言葉が、会話のきっかけの冗談みたいに笑顔で言うようになって、僕も「勘弁してくださいよ」みたいに笑って答えるような関係になりました。その方は書道の達人で、僕に何枚かの色紙に素晴らしい字を書いてくれました。「なんて書いてあるんですか?」って真剣に聞きましたが、「花だよ」ってやさしく教えてくれました。その利用者さんが、ご逝去されたあと、お嫁さんがこんなことをおっしゃいました。「家では本当に厳しい義母で、私たちに笑顔を見せることはほとんどありませんでした。でも、ここにいるとき、心から笑っているところ何度もみました。正直、悔しかった。でも、義母はここいて幸せだったんでしょうね」と。思い出すと、今でも涙が出ます。本当に暖かい利用者さんでした。何度も看取りにかかわっているうちに、こなれてきて、上手な受け答えができるような人間に成り下がってしまっていた。

今日のテーマは、実は高齢者のことだけではなくて、病気で亡くなる方のことも含めて書いておきたいと思ったのです。何歳だったら大往生なのか?死と向き合う本人、その人を支える家族、ホントはどんな思いなんだろう?友達とか自分の子どもとか大切な人を亡くすことは受け入れられるのか?これは僕自身への戒めですが、たった何件かの死に立ち会っただけで、偉そうに語ってはいけないですね。

実は僕にとって大切な仲間が、若くして病気の治療を断念することになりました。これまで、生きるために懸命に治療を行ってきました。でもその人は、治療によりただ長く生きることより、治療を受けずに元気で活動できる時間を長く持つことで、最後の時間を幸せに生きるという決断をしました。かける言葉がみつかりません。涙がとまりませんが、その意味もよくわかりません・・・なんでこんなに泣いているのだろう?その理由がちゃんと分かったら、もっともっと本気で利用者さんと向き合う仕事ができるんだろうと思うのです。

その仲間には、今の時点では「僕にできることがあったらなんでも言ってほしい」ってメールで伝えました。でも、自分の気持ちの整理がついたら、「ありがとう」って伝えようと思っています。これまでの付き合いの中で、教えてもらったことがたくさんあって、そのことが、これから僕が生きる上でずっとずっと大切な芯になると思うから・・・でも、一番つらいのは本人なのでしょうが、僕も久々にきついな・・・僕もそんなに簡単に気持ちの整理なんてできないし、本人はもっと気持ちの整理ができてなくて。真剣に、真剣に、そして真剣に自分ごととして何ができるか考えてみようと思っています。
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コメント

非公開コメント

No title

こんばんは。

人それぞれの生き方は、本人の自由で、僕は長い治療を断念して、元気にその人の余生を選ぶ選択支は間違っていないと思いますよ。

だって、抗がん剤などの副作用で苦しい思いをして、長生きするより、短い大切な一時を、有意義に過ごす選択は本人にとって貴重な思い出となるだろうし、後悔はない物だと思っています。

あくまでも、それは決して助からない場合だけの事で有って、助かる可能性がわずかでも有るのなら、治療に専念するべきだと思っています。

可能性が0でない限り助かる可能性が有る訳ですから。

身内での介護は限界が有ります。それは、身内がある故に、様々な憎しみや、家族側の大変さを考えると想像を絶する物だと思います。

介護の施設の方はプロなので、安心出来ますよね。

身内だろうが何だろうが、プロには叶わないし、利用者さんをちゃんと、導いてくれるのが、本来の理想の介護現場だと思っていますよ。

「何度も看取りにかかわっているうちに、こなれてきて、上手な受け答えができるような人間に成り下がってしまっていた。」

成り下がっている訳では決してないですよ!医師や、看護婦だって、その様な場面に沢山、携わっているので、それは当たり前の事だと思いますよ。

その様な場面に何回も立ち会うと人達は、ある意味、慣れと言ったらおかしいかも知れませんが、ぺてんさんの仕事を考えると極々、自然な事だと思います。

成り下がっていると今だに口にするペテンさんの思いやり、優しさが、十分、伝わっているし、何も悲観する事など一切有りません。

ぺてんさんは優しい人柄の良い人なのですね^^

No title

こんにちは

毎日お疲れ様です

介護は本当に大変ですね

心が挫ける程の大変さだと思います

認知症、お年寄りの病気には 
人の嫌がる事を言ったり、嫌がる事をするのは・・・それも病気の一つなのダ! と聞いた事があります。

以前は優しい人だったのに、「あんたの介護が悪いからヨ!」と言われるようです。

辛いですネ 介護をする人もされる人も・・・

ただただ頭が下がります  m(__)m



お久しぶりです。

私も、この彼岸の中日に、同級生が亡くなりました。

ご主人の話では、全身に癌が転移して、家族ぐるみで壮絶な痛みと闘った8年間だったそうです。
それでも、本人は、ありとあらゆる療法を試し、まだ死にたくないと看護師さんに訴えたのでした。


彼女がいなくなったこともショックでしたが、彼女の「生きたい。家族と離れたくない」という強い意志を知ったことの方が衝撃でした。

それだけの覚悟はわたしにはありません。


今まで、亡くなるご本人より、その人を大事に思う周囲のひとの方が喪失感は大きいと思っていましたが、
思い込みだったようです。

わたしも、自分の家族や、何人かのご利用者さまを送りましたが、
『死』は新しい始まりで、いずれは再会できる、束の間の別れだと思うようにしています。

『何度も看取りにかかわっているうちに、こなれてきて、上手な受け答えができるような人間に成り下がってしまっていた。』
 ↑
これは、ある意味、成長ではないのでしょうか。

死と向き合うたびに打ちのめされていたら、
自分の家族とすら満足に関われなくなってしまう(←コレ、わたしのことです・笑)

後悔のない人生だったと言える人が、世界に何人おられるでしょう。
生まれついての聖人か、あるいは、底抜けに悪人か…。


看取られる側も、看取る側も、同じ人間です。
用意や心構えではなく、その時の心で向き合ったらよいのではないでしょうか…



No title

こんばんは。

どうしてもその方の家族と同じ気持ちになることは絶対に無理なことでしょうね。
それは当たり前のことだと思うようになりました。

ここに書いてありますが
畑をつくったんですね?

思ったのですが、もしその方が作物の作り方に詳しいのであれば
それをやってもらうのもひとつの方法かもしれませんね。

つまり、その方が人生で今まで行ってきたことを
施設でも少しばかりやってもらうというのはどうでしょうか?

費用の問題とか安全面の問題とかあるかもしれませんが
家族の協力を仰げば可能ではないのでしょうか?

認知症が出てくるのは今までと生活が変わったから出てくるということはないのでしょうか?

みんなと同じことをやってもらっても
私は嫌だ!という人もいるでしょうね。

一度、考えてみてください。

おと吉さんへ

おと吉さん、温かいコメントありがとうございます。

余生の選択、まさにおと吉さんのおっしゃる通りだと思います。
僕がその立場になったとき、どんな選択ができるのか?とにかく、日々を大切に過ごさないといけないです。

介護施設の職員は、プロでなければならないと思います。それでも、虐待の事例や不適切なケアが日々報道されます。事実と違うところもありますが、これだけ施設の数が増えると、人材育成が追いついてないことも事実です。

入居者や利用者の皆さんが安心して使ってもらえる施設を維持できるよう、頑張ります!

青空さんへ

青空さん、コメントありがとうございます。

医療の進歩と寿命の延長に伴い、今後、認知症の方が増えてくると思います。
認知症への適切な対応、そして認知症ケアの方法論や技法の進歩も必要です。

とても難しいことではありますが、認知症の方への適切な関わりができるよう
にならない限り、施設がただの収容所になってしまいます。僕たちの会社でも
必死で勉強や探求を続けています。

こういう励ましのお言葉をいただくと、さらにやる気が出ます!

ありがとうございます!

さとこさんへ

さとこさん、お久しぶりです。
というのも、僕がブログの更新や訪問を怠っていたからだと・・・(苦笑)

そうでしたかあ、さとこさんもいろいろと大変だったんですね。

>用意や心構えではなく、その時の心で向き合ったらよいのではないでしょうか…

うん、確かにそうかもしれないです!そのとき、静かな心でいられたらいいなあ。
今は、今を楽しんで生きることに一生懸命になってみようと思います。

ありがとうございました!

孝ちゃんのパパ さんへ

孝ちゃんのパパさん、コメントありがとうございます。

>費用の問題とか安全面の問題とかあるかもしれませんが
>家族の協力を仰げば可能ではないのでしょうか?

まさにその通りですね。リスクを恐れていたら、何も変わらないことだけは分かりました。そして、最善の方法は、本人がその人らしく生きることに対して起こりうるリスクを本人やご家族、そして施設で共に背負うことなんだと思います。

>認知症が出てくるのは今までと生活が変わったから出てくるということはないのでしょうか?

実は最近、キョウメイションケアという根拠に基づく新しい認知症ケアの手法が、高い注目を集めています。その中で、認知症は「環境による影響」が原因で悪化する可能性が極めて高いことを指摘しています。孝ちゃんのパパさんのご指摘の通りです。

問題行動に着目するのではなく、そもそもその人がどんな風に生活すること希望しているのかをきちんと理解して、そんな生活に近づくように支援する、そんなことを実践してみたいと思います。

プロフィール

ぺてん

Author:ぺてん
はじめまして。ぺてんです。
これまで20数年、福祉や教育に携わってきました。
そんな中で、福祉事業に携わる多くの方々、それは経営者だったり、管理職だったり、現場のスタッフ、あるいは利用者本人やその家族かもしれませんが、そんな皆さんの垣根を越えた学びや意見交換の場所が欲しいと思いこのブログを立ち上げました。
ご遠慮なく、どしどしコメントお願いします!なお、このブログは完全リンクフリーですので、こちらへのご連絡なくリンクを貼って頂いただければと思います。
よろしくお願いします!

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